子どもは“先生” −三年間の流れの中で−
(ひさこせんせい
 平成十二年三月十八日、若草幼稚園では四十五回目の卒園式が行なわれました。
 今まで勤務してきた中で年少、年中、そして年長組と三年間一緒にかかわってこられたのは初めてだったので、子どもたちが心身共に少しずつ、少しずつ大きくなっていく様子を目の当りにし、貴重な時間を過ごすことができたように思います。
 年少組時代……初めての集団生活にとまどい泣く子、新しい環境に喜び走り回る子、緊張して表情も固くなり、様子を見ている子、いろいろな子どもたちがスタートラインに立つ中で、全く目を合わせてくれない、会話も思うように通じない、その分、すぐ手が出る、思うままに行動し、少しでも制約されるとダダをおこす、A君がいました。
 はじめのうちは話しかけても反応がなく、表情に変化も見られませんでしたが、一週間、十日とたつうちに、私の顔を捜しながら登園し、両手を広げ抱っこを要求するようにもなりました。そうかと思うと、玄関にかばんだけ置きっ放しにされ、本人はホールヘ走っていくこともあり、一進一退の状態が続きました。焦らずに時間をかけてと思いながらの毎日の中で、A君には教えられることが多くありました。当時の保育日誌を読み返してみると、「教師対子どもという、どちらかと言うと、一方的になりやすい関係の中で、何かをさせられていると感じたり、信頼関係ができていないうちは、素直に気持ちが出せないのかもしれない。本当に仲よくならなければ、目は合わせられないのかもしれない。いろいろな子どもがいて、それでいいのだから、子どもの気持ちや、その場の楽しさを共有し合い、本当のありのままの姿を受け入れていく努力をしていこう。子どもたちが何の抵抗もなく″先生"というだけで私を受け入れてくれているのだから、そして何よりも本当に子どもが好きだという気持ちが一番大切なのだから、いつも同じ穏やかな笑顔と、大らかな気持ちで接するよう心がけたい。-そう記されていました。
 私にいろいろ教えてくれたA君、卒園式で名前を呼ばれ、ひときわ自信に満ちた大きな声で「ハイ!」と返事をしてくれたのは言うまでもありません。

 平成十年度は年中組担任となり、十一年度は、それまでの四クラスが三クラスヘと編成し直され、年長組担任として新たなクラス作りからスタートしました。その中で、早いうちから親しみをもってくれたようで、いつも私の側にはB君がいました。
 でもB君は、私が他の子と話をしたり、遊んだりすると突然キックやパンチをして、自分に目を向けようとしたり、文字が書けることを見せて興味を引こうとする行動が目立ってきました。大人よりも、子ども同士のかかわりの中で遊んだり、生活していく力を身につけてほしいと願いながらも、そのままでは遊びが広がるどころか、逆に自分の世界にこもりがちになりそうで心配でした。六月頃、C君が私に"ゴムつき紙ひこうき"の飛ばせ方を教えにきてくれたことをきっかけに、B君にも教えてあげるよう頼みました。B君とC君は、それからというもの意気投合したようで、何をするにも一緒という、大の仲よしになりました。
 B君とC君の様子を見ていく中で、子どもは素直で順応性もあるために、回りが求める子ども像に近づこうと努力をするのではないか。それならばなおさら私たちは、子どもの年令や時期、その子の状態をよく見てどう育ってほしいのか、願いや判断を誤まらないよう十分考えなければならない。知的な面でその力を発揮することは、だれの目にも見えてわかりやすいが、それ以前に、自分の気持ちをストレートに出せること、そして自由に伸び伸びしていることの心地良さや、その雰囲気作りを大切にしなければと考えさせられたものです。
 そして今春、「お母さーん」と泣く子を抱きしめ、「お母さんが大好きなんだよね。幼稚園では先生がお母さんだよ。」と言い聞かせながら、今まで子どもたちに教えられたことを財産とし、本当に信頼されるお母さんになれるよう、努力したいと思っています。