「自然の摂理を学ぶ幼稚園として」
(創立50周年記念誌より)

平成17年10月

園長(理事長) 大滝宗徳


 私の曾祖父大滝宗淵和尚は、今から百年前の明治三十八年に孤児院「放光園」を設立し、大正十二年に財源難により廃園するまでに、多くの孤児を養育しておりました。その意思は受け継がれ、祖父の宗雄が、昭和三十年に若草幼稚園を創立、父の宗光が、今日の若草の発展の礎を築き上げていく中、卒園生も七千人を数えるまでになりました。

 そして今年、本園は創立五十周年を迎えることとなりました。これもひとえに、たくさんの方々の温かいご理解と御支援の賜と深く感謝申し上げる次第でございます。

 私は、祖父、父に続き、平成十年より三代目理事長に就任、現在に至っております。これまでの歴史の大部分は、祖父と父のたゆまぬ努力によって作りあげられた事は十分に自覚しており、その伝統を継承しながら、新しい流れの中で自分なりの学園経営を模索している段階です。

 平成六年に本山での修行を終え酒田に戻ってきた時は、幼児教育のイロハも分からず、果たしてこの世界でやっていけるかどうか不安でした。しかし、園児から「むねのりせんせい!」と呼ばれる事にくすぐったいような恥ずかしさを覚えながらも、日々子どもたちと過ごすうちに、自分自身が生き生きしていく事に気がつきました。

 鬼ごっこやサッカー、泥んこ遊び、虫つかみ…、私自身が少年時代に夢中になっていた遊びに、喜々として没頭する園児の仲間に入れてもらうことによって、幼い頃の、遊ぶ事がすべてで何もかもが輝いていたあの良き日々を、この年になって再び経験する幸せを味わう事ができたのです。今は、自分の中に常に何か躍動するものがあるような気がします。何十才も年下の仲間たちと、毎日「走る、ぶつかる、泣く(?)、笑う!」。何かおもしろい事はないかと、いろんな新しい事にチャレンジする日々です。また、子どもたちのために、保護者と一体になって進めていく様々な活動も、私のパワーの源です。

 もちろん、保護者から大事なお子さんの命を預かり、彼らの健やかな成長を育むために、プロとして日々の保育にあたるのが私たちの使命であります。そのために、現場の先生たちと共に、常に課題を持って幼児教育に取り組んでいきたいと考えております。

 仏教に、「山川草木ことごとく仏性あり」という言葉があります。人間ばかりでなく、生き物、草木や山川まですべてに「仏の心」、すなわち「命の営み」があるということです。私は幼稚園にいながら、このことをいつも実感しております。

 カブトの幼虫が、サナギを経てたくましい成虫になる過程、ヤゴの体を突き破り、トンボが大空に飛び立っていく感動、花を砕いて作った堆肥が、発酵して数ヵ月後には肥沃な土に変わる不思議さ、その土によって成長した野菜の苗が、花が咲き、虫から受粉されて日々実が大きくなる喜び、そしてその実を収穫して食べる味の格別な美味しさ…。

 これらはすべて自然の摂理であり、いったい誰がデザインしたのか、大自然の営みに作為はありません。その摂理を、子どもたちは日々の原体験を積み重ねる事によって学んでいます。これは、自然環境や動植物の生態だけを指しているのではなく、人間の感情、関係においてもあてはまるものだと思います。例えば、友だちをいじめて悲しい思いをさせてしまえば、巡り巡って、他から自分にその悲しい思いが帰ってくる、逆に、優しく思いやりを持って接することによって、その温かい気持ちが後から自分に帰ってくる。これらも自然の摂理であり、人間もその中に当然組み込まれているのです。この摂理を無視した結果が、今日の青少年をめぐる諸問題の根源となっているのではないでしょうか。

 幼児期のうちから、これら自然の摂理を直接肌で感じていく事が、生きる力を育んでいくと私は確信しております。そのために、若草の良き伝統であり、一番の特色である「保護者との連携」を十分図りながら、今後の園の方向性を明確にしていきたいと思います。

 この少子化の時代、幼稚園を取り巻く環境は厳しくなるばかりですが、希望に満ちた子どもたちの学び舎である幼稚園を経営している事は、私たちにとって最大の幸せであります。これまで本園の五十年間を支えて下さった県、市当局を始め、学園役員の皆様、PTAの皆様、龍州の会(保護者OB会)の皆様、旧職員の皆様、持地院壇信徒の皆様、お取引企業の皆様、地域の住民、団体の皆様、市内各私立幼稚園の皆様には改めて深く感謝を申し上げ、これからさらに力強い一歩を踏み出していく所存であります。
 今後ともよろしくお願い申し上げます。